東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)39号 判決
一 原告の主張する請求原因事実のうち、第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の主張する取消事由の有無について判断する。
(一) 取消事由(一)について
(1) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の低温発酵の温度表示一〇度C前後について発明の詳細な説明のらんにこれに対応する実施例として「品温を一五度C程度にし」という記載があることが認められるので、「一〇度C前後」にプラス五度Cが含まれることは疑いがない。また「前後」という字義からみてマイナスの側にも同じ幅が含まれると解される。そして本件発明の低温発酵工程における温度表示に関する「前後」の文言が以上のとおりに解されるとすれば、同じく本件発明を構成する高温発酵工程における温度表示も低温発酵工程におけるそれと別異に解すべき合理的根拠も見当らないので、本件発明の高温発酵の温度表示三二度C前後および三七度C前後をそれぞれプラス・マイナス五度Cの温度幅をもつものと解することに何ら不合理の点はない。そうであるとすれば、本件発明における三二度C前後つまり三二度Cプラス・マイナス五度Cの範囲内に第一引用例の温度表示三五度Cが含まれること、および同様に三七度C前後の範囲内に四二度Cが含まれることは、いずれも明白である。
(2) 原告は、高温発酵の温度が五度C変化すると味噌の品質に著しい差異が生ずるから、審決のように温度の許容範囲をプラス・マイナス五度Cと大きくとるのは誤りである旨主張する。たしかに温度が味噌の品質に重大な影響を与えるであろうことは、技術常識であり、また成立に争いのない甲第三号証にも味噌速醸にあたつては、温度が直接品質に及ぼす影響が大きいため、厳重に管理を行う必要がある旨の記載がある。しかし、この記載によつても明らかなように、厳重な温度管理が要求されるのは、味噌速醸にあたつてであり、速醸を構成する高温発酵と低温発酵とで温度管理の厳重さにおいて差異があるとはいえないから、高温発酵における温度の許容範囲を低温発酵において妥当する許容範囲プラス・マイナス五度Cと同じに解しても、原告のいうように許容範囲が大きに失するとはいえない。原告の上記主張は採用できない。
(3) 原告は、また、比例式に基づいて、温度を二七度C降下させて一〇度C前後にする場合の許容温度幅が五度Cであるならば、温度を七度上昇させて三二度C前後にする場合の許容温度幅は一・三度Cであり、また温度を五度C上昇させて三七度C前後とする場合のそれは〇・九度Cと解するのが妥当である旨主張する。しかし、そのように温度変化の差と許容温度幅との間に比例関係が成立することについては合理的な根拠がなく、またこれを積極に解すべき経験則も見当らない。原告の上記主張も採用し難い。
(二) 取消事由(二)について
(1) 原告は、審決が本件発明における一〇日前後および五日前後の前後という語は相当の幅をもつたものであると解したのは、本件発明の時間的条件を無視又は軽視したものであると主張する。
しかしながら、味噌醸造における発酵期間に関する条件はそれほど厳格なものではなく発酵期間が相当の許容範囲をもつものであることは、味噌醸造の分野における技術常識であると解されるから、本件発明におけるように一〇日前後および五日前後と期間を限定したことについて発明の詳細な説明に特にその作用効果の記載がない以上、これを相当の幅があるものと解して差支えない。したがつて、審決が本件発明の一〇日前後および五日前後を相当の幅があると解したからといつて、これをもつて本件発明の時間的条件を無視又は軽視したものであると非難するのは当らない。
(2) 原告は、また、本件発明は品温二五度Cの味噌を一〇日前後で三二度Cにし、次にこれより緩い上昇率で上昇させ一〇日前後で三七度Cにし、これを五日前後持続するという時間的条件を重要な要件とするところ、第一引用例には、二五度Cで仕込んだ味噌を幾日後に三五度Cに上昇させ、またそれより幾日後に四二度Cに上昇させるのか、その時間的条件は一切記載されていないと主張する。しかし、味噌製造においては、被処理物である原料が半固体状で熱不良導性の不均一物であるのみならず、微生物の繁殖や酵素作用に与える影響を考慮して、急激な温度変化を避けなければならないから、所定の温度に上昇させるには、それ相当の期間を要するものといわなければならない。したがつて、第一引用例に温度上昇に要する記載がされてはいないが、相当の期間が必要であることを当然の前提としているものといつてよい。原告の上記主張も採用できない。
(三) 取消事由(三)について
原告は、本件発明の主要な効果は温醸室において特別の温度と時間により発酵させた味噌を冷暖房室で一〇度C前後に保つことにより一〇度C前後で作用する酵母を短期間で旺盛に繁殖させ、色、香、味を自然発酵の味噌と同一にした点にあり、この効果は第一引用例のものとは著しい差異があると主張する。
しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には高温発酵させた後「温度を漸次降下させ、即ち一五~二〇度Cに長期間調熟作用を行わしめることが肝要である。これは製品の最後の仕上げにして、色、香、味の調熟作用であるから、出来得る限り長期間営ましめた方が製品は良くなる様である。」との記載があることが認められる。また、前掲甲第二号証によれば、本件発明の実施例として「暖冷房器を調節して徐々に温度降下を行い、約二五日程度で室温一〇度Cまで降下させて品温を一五度C程度にし、その間に低温熟成を行わせて後熟を完了させるものであつて」との記載があることが認められる。したがつて、両者ともに調熟(低温発酵)の工程をもち、温度条件についてもそれほどの差異が認められないから、本件発明が効果において第一引用例の場合に比し格別に相違するものとは考えられない。したがつて、原告の前記主張もまた採用しがたい。
三 以上のとおり本件審決には原告の主張するような違法はないから、本訴請求は失当として棄却をまぬがれない。